マトフェイ8:28-9:1 2024/07/28 大阪教会
父と子と聖神の名によりて
本日の福音は、悪霊たちの力を圧倒するイイススを伝えます。
イイススは無数の悪霊に取り憑かれ、墓場で荒れ狂い、人々を寄せ付けない二人の男にであいました。主はこの悪霊たちを、「行け」という一言で、二人から追い払いました。悪霊たちは、付近に飼われていた豚の群れに入り込み、気が狂った豚たちとともに崖から湖に駆け下って滅びました。
私たちクリスチャンはこの、悪魔に対する勝利者、イイススをいのちの主としておのれの人生に迎え入れました。私たちはいつもこのハリストス・救い主と共にあることを確信し、依り頼むこと以外に何も当てにしてはなりません。私たち正教徒が胸に主の十字架を下げ、ことあるごとに十字を切って、「主イイスス・ハリストス、私をあわれんでください」と祈るのは、この確信と覚悟をいつも新たにするためです。
しかし私たちは、しばしばこの確信と覚悟を忘れてしまいます。そして自分の力に頼ってもがき、それを見て「してやったり」とほくそ笑む悪霊に足を取られてしまいます。とくに主イイススが私たちに求める生き方を、自分も生きようとと取り組むとき、悪霊たちの攻撃はきわめて強力かつ巧妙です。その巧妙な罠に私たちはあっけなく引き倒されてしまいます。そして、「敵を愛しなさい」「何度でも際限なく赦しなさい」「天の父が完全であるように、あなたたちも完全なものになりなさい」…、これらの教えを聞くと励まされるのではなく反対に、「私には無理だ」とあきらめてしまうというのが、私たちの現実です。
今日はある聖師父の言葉をご紹介します。6世紀の聖師父、ドロテウスの言葉です。ドロテウスは私たちの人間の弱さをよく知っています。だから彼の言葉は現実的です。しかし彼の現実的なアドヴァイスは、決して主のみことばの真実をあいまいにはしません。
神への信仰をもって腹を据え、神にあなたの意志と熱意を示しなさい。そうすればやがてあなたは、神の助けを見るでしょう。
二つのはしごを想像してみてください。一つは天に昇るはしごで、もう一つは地獄に下るはしごです。あなたは地上で、この二つのはしごを前にしています。「どうすればこのはしごのてっぺん、(つまり天に)、飛び上がることができるだろう」などと思っても、言ってもなりません。それは今は不可能なことで、そんなことを神は今のあなたに求めているのではありません。しかし、せめて下に降りてゆかないようにしなさい。隣人に悪いことをせず、隣人を悲しませず、隣人を中傷せず、悪口を言わず、卑しめず、叱りつけないようにしなさい。それができるようになったら、隣人たちに善を行い、うちひしがれているなら同情し、必要なものを与えることを始めなさい。その時にはきっとできます。
求めましょう。勝利者ハリストスがともにいてくださいます。思い上がって自分自身の力に頼ることを止め、主イイススと聖神の恵みを確信するなら、私たちの魂の戦い、隣人への愛をしくじらせようと邪魔をする悪霊たちとの日々の戦いには勝利が約束されています。
一言付け加えます。この戦いは教会の仲間たちとの励まし合いの中で闘われる戦いです。だからこそ私たちはここに集って、この戦いを戦い抜くために不可欠の恵み、ご聖体を喜びと感謝の内に分かち合うのです。