マトフェイ2:13-23 | 2026/01/11 大阪教会
ハリストス生まる!
ハリストスの誕生はひっそり人々の目から隠されていました。夜空が一瞬きらめき渡り天使たちの歌声にさざめいたのに気づいたのは、一握りの人たちでした。
しかし「ユダヤの王」である「救い主」ハリストスの誕生によって、自らの権力が脅かされるのを恐れたヘロデ王は、怯える者の敏感さで主の誕生を察知し、ベツレヘムとその近郊の二歳以下の男子を皆殺しにしました。イイススとその家族はかろうじてこれを逃れエジプトへ避難しました。そして王の死後イスラエルに戻り、ガリラヤ地方のナザレという町で生活を始めました。
その後イイススがどのように成長したか福音書は何も伝えません。ルカ伝に十二才の時の逸話があるだけです。私たちはいきなり、ヨルダン河畔で大群衆と共に前駆授洗イオアンの洗礼を待つ三十才の主に出会います。この空白の三十年は、その間に伝えるべきことは何もなかったことを意味するのでしょうか。
ところで皆さんは「毎日どんな風に過ごしていますか」とか「あなたのこれまでの人生について教えてください」などといきなり尋ねられたらどう答えますか。
「特別のことは何もありません」というのが大半の方の答えではないでしょうか。心をハラハラドキドキさせる刺激的な出来事など滅多にありません。格別ドラマティックな半生でもありません。毎日職場で手慣れてはいるけれど退屈な仕事を片づけ、主婦であれば洗濯、掃除、食事の支度に一日をあわただしく過ごし、子供たちは学校で毎日眠気と闘いながら出席をこなしていきます。
イイススの空白の三十年も同じように「特別のことは何もない」三十年だったのでしょう。何か隠された秘密の出来事があったわけではなく、ほんとうに何にも無かったからこそ、何も伝えられていないのです。しかし、これは、その三十年間に何の価値もなかったことを意味しません。イイススが取り立てて何ごともない単調な日常を、何も記録が残らないほど徹底的に平凡にお過ごしになった、そのこと自体が大きな意味を持つのです。
四世紀の聖師父、ナジアンザスのグリゴリイがこう言っています。
「ハリストスに分かち合われないものは何もあがなわれない」
神が人となってこの世にお生まれになりました。その時、人は神との交わりへの道を再び歩み始めることができるようになりました。
神が人の肉体をおとりになりました、すなわち神が人の肉体を分かち合って下さいました。
その時、この私たちの肉体は、手を上げ、声を上げ、神をたたえ、互いに愛を差し出し合うための、神が最初に望んだ通りの肉体へと回復されました。
ハリストス・神は十字架で肉体的な苦痛をしのび失望と孤独への煩悶の内に死にました。すなわち人の苦痛、苦悩、そして死を分かち合って下さいました。
その時、私たちの苦痛、苦悩、死は神に分かち合われた苦痛・苦悩・死へと変えられ、主の復活を私たち自身が分かち合えるようになるための「過ぎ越し」の道、生命の入り口となりました。
…もうおわかりでしょう。空白の三十年間、ハリストスは「特別のことは何もない」私たちの日常をも分かちあって下さったのです。日常はその単調さの中で人が朽ちてゆく場ではなく、ハリストスの日常を分かち合い生命を輝かす場へと変えられました。
重い病いに苦しみ死に直面する人たちの張りつめた時間だけではなく、また修道士や聖職者の特別な使命だけではなく、むしろこの私たちの単調な日常にこそ、神の生命と愛があふれ、恵みへの感謝と喜びが貫かれていなければなりません。
だからこそ神は人となった時、王や司祭や学者ではなく小さな町のふつうの家庭のふつうの少年、そして平凡な親の平凡な仕事を当然のこととしてうけ継ぐ平凡な大工になりました。私たちの神への最高の献げものが一体何なのかを、日常をおとしめず、日常に耐え、与えられた日々の仕事を誠実にこつこつ果たしていくことによって、示されたのです。
復活された主は弟子たちに命じました。
「ガリラヤへ行け、そこで私に会えるであろう」
ガリラヤのナザレで過ごした主の平凡な日常、そして私たちの日常、私たちのガリラヤ、そこにこそハリストスが私たちとどう関わるお方であるかを問う鍵があります。