定例学びの会 松山にて
「ロシア人墓地と松山聖堂」

 西日本主教区の定例「学びの会」が、十一月三日(月・祝)に、松山にて開催されました。出席者は十五名ほど。
 この日は、徳島教会が恒例としている
松山ロシア人墓地祈祷の日でしたので、それに合わせた形での開催となりました。また、仙台の主教セラフィム辻永座下がお見えになり、今年改修されたロシア人墓地で小川神父様、水口神父様、小川輔祭様の陪祷により、パニヒダを司祷されました。

 午後、ホテルでの昼食に引き続き、水口神父が、「ロシア人墓地と松山聖堂」と題して学びの会を行いました。詳しくまとめられた資料が配布され、松山聖堂の建立の経緯、献金者コレスニクワ姉について、東京への移転とその後(イコノスタスは大阪、イコンの一部はニコライ堂、屋根の十字架は豊橋の桜丘学園に健在)について、順をおって説明されました。松山市も空襲の被害をうけており、もし東京に移されていなかったら、イコンも何もかも消滅していたかもしれないことが強調されました。

 遠く仙台からお越し下さったセラフィム座下も、日露戦争時に正教会が露人捕虜をいかに慮ったかを、数々の歴史的証言の品々を実際にお見せになりながら、ご講話くださいました。また桜丘学園の理事長である満田兄が記念会堂に旧松山聖堂の十字架が残る経緯についてお話くださいました。