3月25日/4月7日
至聖なる我が女宰生神女永貞童女マリヤの福音祭
小晩課
福音祭の前日若し「スボタ」或は主日に當らば、小晩課を行ふこと左の如し。
「主よ、爾によぶ」に讃頌、四句を立つ、第四調。
造成主は造物を憐み、己の慈憐に促されて、神聖なる童貞女の胎に入らんことを急ぐ。大なる天使首は彼に来りて告ぐ、神の恩寵を蒙れる者、慶べよ、今我等の神は爾と偕にす、我王の天軍首を畏るる勿れ、蓋爾は昔爾の原母エワが失ひし恩寵を獲、父と一性なる者を妊みて生まん。二次。
マリヤ天使に言ふ、爾の言及び容貌は異しむべく、爾の宣及び報は驚くべし、我を惑はす勿れ、蓋我は婚姻を識らざる童女なり、我限なき者を妊まんと言ふ、廣大なる諸天の容るる能はざる者を如何ぞ我が胎は容るるを得んと。童貞女よ、神を容れしアウラアムの幕、遠くより爾が神を受くる腹を預象する者は、今爾に教ふべし。
ガウリイルは今ナザレトの邑に来りて、爾ハリストス王の活ける邑に安を問ひて呼べり、神の恩寵を蒙れる讃美たる者よ、慶べ、爾は肉體を取る神、其仁慈なるを以て、爾に藉りて人類を古の福に召し給ふ者を己の胎に受けん、爾の腹の神聖なる不死の果、世界に潔浄と大なる憐とを賜ふ者は祝福せられたり。
光榮、今も、第一調。
第六月に天軍首は爾潔き童貞女に遣されて、爾に救の言を報じ、且爾に呼べり、恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす、爾は子として世世の前に父より生れし者を生まん、彼は己の民を其諸罪より救はん。
挿句に讃頌、第八調。
上なる軍の首は天よりナザレトに飛び下りて、童貞女に安を問ひて云ふ、神性の潔き輅よ、慶べ、神は永遠より爾を愛して、己の居處に選び給へり、我爾の主宰の僕は来りて呼ぶ、爾主を生まん、生みて後不朽の者として止まらん。
句、我が神の救を日日に福音せよ。
潔き者は訝りてガウリイルに言へり、爾の火の如き姿容は何ぞ、爾の位及び言の力は何ぞ、我に子を妊まんと告ぐ、然れども我夫の誘を識らず、人よ、離れよ。昔跪譎の蛇が原母エワを惑はしし如く、我を惑はす毋れ。
句、新なる歌を主に歌へ、全地よ、主に歌へ。
神を容るる至浄なる女宰よ、神の至聖なる神゜は爾に臨み、至上者の能は爾を蔭はん、爾が生まんとする子は爾の童貞を損なく守らん。此の子は来歴の解かれざる者なり、彼は現れて、自ら欲する如く、其民を救はん。
光榮、今も、第四調。
第六月に「アルハンゲル」は潔き童貞女に遣されて、先祝慶を彼に述べて、彼より贖罪主の出でんことを福音せり。故に彼は問安を受けて、爾永久の神、我等の霊の救の為に言ひ難く人と為らんことを嘉せし者を孕めり。
讃詞、第四調。
今日は我が救の初、永久の奥義の顕現なり、神の子は童貞女の子と為り、ガウリイルは恩寵を福音す。故に我等も彼と偕に生神女に呼ばん、恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす。
大晩課
至聖生神女マリヤの福音祭は、大齋の第三週間より光明週間の水曜日に至る間に在り。
若し齋ならば、晩課の始に「カフィズマ」を誦せず、亦大拝を為さず。
「主よ、爾によぶ」に十句を立てて、三歌經の本日の讃頌五章を歌ひ、又祭日の三章を歌ふ、其始の二章は各二次、第六調。
童貞女よ、ガウリイルは世世の前の議定を爾に顕して、爾の前に立ちて、安を問ひて曰へり、種蒔かざる地よ、慶べ、焚かれざる棘よ、慶べ、量られざる深よ、慶べ、天に渡す橋、及びイアコフの見たる高き梯よ、慶べ、神聖なる「マンナ」の壺よ、慶べ、詛を釋く者よ、慶べ、アダムを喚び起す者よ、慶べ、主は爾と偕にす。二次。
無てんなる童貞女は天軍首に謂ふ、爾人の如く我に現れて、如何ぞ人に超ゆる言を言ふ、蓋神は我と偕にし、我の胎に入らんと曰へり、我に告げよ、如何ぞ我廣き住所及びヘルワィムに超ゆる成聖の處とならん。虚言を以て我を惑はす勿れ、蓋我欲を知らず、婚姻に與るなし、何為れぞ子を生まん。二次。
無形の者は曰ふ、神の欲する所には天性の順序勝たれて、人に超ゆる事は行はる。至聖至潔なる者よ、我の眞の言を信ぜよ。彼よびて曰へり、今爾の言の如く我に成るべし、我は身なくして身を我より藉りし者を生まん、彼が結合に依りて、人を始の位に升せん為なり、獨之を能する主なればなり。
光榮、今も、同調。(修士イオアンの作)。
「アルハンゲル」ガウリイルは童貞女に受孕を福音せん為に天より遣されて、ナザレトに至り、奇蹟に驚きて自ら思へり、嗚呼如何にして至高きに於て測り難き者は童貞女より生るる、天を寶座と為し、地を足台と為す者は童貞女の胎に入る、六翼の者と多目の者とが見る能はざる主は一言を以て彼より身を取ることを嘉する。此れ神の眞實の言なり。何ぞ我立ちて童貞女に言はざる、恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす、潔き童貞女よ、慶べ、聘女ならぬ聘女よ、慶べ、生命の母よ、慶べ、爾の腹の果は祝福せられたり。
聖入。「穏なる光」、本日の提綱及び喩言。次に祭日の喩言三篇。
創世記の讀。(二十八章)。
イアコフは、ヴィルサヴィヤより出でて、ハッランに往けり。一處に至りて、日既に入りたれば、彼處に宿れり。彼の地の石を取り、枕と為して、其處に寝ねたるに、彼夢を見たり。視よ、梯地に樹ちて、其上天に至り、神の使等此に由りて陟降せり。主は其上に立ちて曰へり、我は爾の祖父アウラアムの神、及びイサアクの神なり、畏るる勿れ、爾が臥す所の地は、我之を爾と爾の子孫とに與へん。爾の子孫は地の砂の如くなりて、海東北南に廣まり、地上の萬族は爾と爾の子孫とに因りて祝福せられん、視よ、我爾と偕にし、爾何處に往くとも、其途に爾を守り、又爾を此の地に返さん、蓋我は凡そ爾に語りし事を行ふに至るまで、爾を離れざらん。イアコフ夢覚めて曰へり、誠に主は此の處に在すに、我知らざりき。乃懼れて曰へり、畏るべき哉此の處、是れ他に非ず、即神の家なり、此れ天の門なり。
イエゼキイリの預言書の讀。(四十三、四章)。
主是くの如く言ふ、八日に至りて後、司祭等は爾等の燔祭と酬恩祭とを壇の上に献げん、而して我爾等を納れん、主神之を言ふ。彼我を引きて聖所の東に向へる外の門に返れるに、門閉されたり。主我に謂へり、此の門は閉されて開かれざらん、何人も此より入るを得ざらん。蓋主イズライリの神は此より入りたり、此れ永く閉されん。君は其君たるに因りて、此の内に坐して、主の前に餅を食はん、彼は門の廊の路より入り、又其路より出でん。彼又我を引きて北の門の路より堂の前に至れり。我観しに、視よ、光栄は主の堂に満ちたり。
箴言の讀。(九章)。
智慧は其家を建て、其七の柱を堅め、其畜を宰り、其酒を調和し、其席を設け、其諸僕を遣して邑の高き處より呼ばしめて云へり、無知なる者よ、此に来れ。智慧の乏しき者に謂へり、来りて、我が餅を食ひ、我が調和せし酒を飲め、無知を棄てて生命を得、聡明の途を行け。侮慢者を戒むる人は己に羞を得、悪者を責むる者は己に疵を得ん。侮慢者を責むる勿れ、恐らくは彼爾を悪まん、智者を責めよ、彼爾を愛せん、智者に伝授せよ、彼益智慧を獲ん、義者を教へよ、彼知識に進まん。主を畏るる寅畏は智慧の始なり、聖者を知るは聡明なり。我に由りて爾の日は多くせられ、爾の生命の年は増さん。
次ぎて「願はくは我が祷は香爐の香の如く」、及び三大拝、後に先備聖體禮儀を行ふこと例の如し。
【注意】若し先備聖體禮儀なくば「主よ、爾によぶ」に三歌經の讃頌三章、及び祭日の五章。光榮、今も、「アルハンゲル」、「ガウリイルは童貞女に」。聖入。提綱。本日の喩言、及び祭日の三篇。次に「主よ、我等を守り、罪なくして」。挿句には三歌經の本日の自調の讃頌二次、及び致命者讃詞。光榮。今も「今日は福音の歓喜」。「主宰よ、今爾の言に循ひ」の後に祭日の讃詞。聯祷。三大拝、及び發放詞。
此の祭受難週間前の何の日に遇ふとも、魚及び油を食するを許す、受難過間には唯油のみを許す。
【注意】知るべし、福音祭若し大齋の某「スボタ」に當らば先づ本日の喩言を讀み、後に祭日の五篇を讀む、即下記の二篇「モイセイ神の山」、及び「主は元始に」、並に上に載する所の三篇。福音祭若し主日に當らば、同じく此の祭日の喩言五篇を讀む。若し齋の日ならば、晩課に上記の三篇を讀み、聖體禮儀に下記の二篇を讀む。
エギペトを出づる記の讀。(三章)。
モイセイ神の山ホリフに来れるに、主の使彼に棘より出づる火の焔の中に現れたり。彼観るに、棘は火に燃ゆれども、其棘燬けざりき。モイセイ曰へり、我往きて、此の大なる異象を観ん、棘何為ぞ燬けざる。主は其来りて観んとするを見て、棘の中より彼を呼びて曰へり、モイセイよ、モイセイよ。彼曰へり、主よ何ぞ。主曰へり、此に近づく勿れ、爾の足より履を解け、蓋爾が立てる處は聖地なり。又彼に謂へり、我は爾の父の神、アウラアムの神、イサアクの神、イアコフの神なり。モイセイ其面を轉ぜり、神を見ること畏れしが故なり。主はモイセイに謂へり、我はエギペトに在る我が民の苦を見、監督者に因る彼等の號呼を聞けり、我彼等の憂を知りて、彼等をエギペト人の手より救ひ、彼等を其地より引き出して、善き廣き地、蜜と乳とを流す地に導き入れん為に降れり。
箴言の讀。(八章)
主は元始に、其創造の先に於て、我を其途の始として有てり、永遠より、始初より、未だ地の有らざりし先に、我膏せられたり。未だ淵あらず、未だ水の溢るる泉あらざりし時に、我已に生れたり。山未だ立てられず、陵未だあらざりし先、主が未だ地をも野をも世界の始の塵をも造らざりし時に、我已に生れたり。彼天を備え、淵の面に圓線を記す時、我彼處に在りき。彼上に雲を堅め、淵の泉を定むる時、海に軌を與て、水をして其界を踰えざらしめ、地の基を建つる時、我彼の旁らに在りて創造者と為れり。我日日に其悦と為りて、常に其面の前に楽めり。
定刻に及びて、大鐘を撞き、次ぎて連鐘を鳴す。衆堂に集まり、司祭祝福して後に爐儀を行ひ、我等晩堂課を歌誦す。「神は我等と偕にす」を両詠隊第八調に依りて歌ふ。次ぎて常例の諸讃詞、「主よ、日を送りて爾に感謝す」第一の聖三祝文の後に祭日の讃詞、「今日は我が救の初」。第二の後に祭日の小讃詞、「生神女よ、我等爾の諸僕は」。「至高に光榮神に帰す」の後、前院に出でて、常の如く.「リティヤ」を行ふ。
「リティヤ」に祭日の讃頌三章。第一調。(ワィザンティイの作)。
第六月に天軍首は爾潔き童貞女に遣されて、爾に救の言を報じ、且爾に呼べり、恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす、爾は子として世世の前に父より生れし者を生まん、彼は己の民を其諸罪より救はん。
(アナトリイの作)。
第六月に「アルハンゲル」ガウリイルは天よりガリレヤの邑ナザレトに遣されて、童貞女に就き、之に福音の喜を報じて、呼びて曰へり、恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす、容れ難き性を容るる者よ、慶べ、蓋諸天の容れざりし者を爾の祝福せられたる腹は容れたり。アダムの喚起、エワの解釋、世界の歓喜、我が族類の愉楽なる尊き者よ、慶べ。
「アルハンゲル」ガウリイルは無てんなる童貞女に、奇妙なる降孕の状を福音せん為に、天より神よりガリレヤの邑ナザレトに遣されたり。無形なる僕は生霊の城、及び霊智なる門に、主宰の降臨の時を報ぜん為に遣されたり。天の軍士は至聖なる光榮の宮に、造物主に常住の居處を備へん為に遣されたり。彼に就きて呼べり、火の状の寶座、四物の形の寶座より最榮えたる者よ、慶べ、天の王の座よ、慶べ、截られざる山、最貴き器よ、慶べ、蓋永在の父の善旨、及び至聖なる神゜の行動に因りて、爾の内に神性の充満は悉く實體を以て入りたり。恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす。
若し「スボタ」或は主日ならば、光榮、第八調。(修士イオアンの作)。
天は楽しむべし、地は喜ぶべし、蓋父と同永在、同無原、同座なる者は、父の恵及び旨に因りて、寛容と仁愛とを以て、己を卑くして、預め聖神゜に潔められたる童貞女の腹に入り給へり。嗚呼奇蹟や、神は人々の中に、容れられぬ者は胎の中に、時に由らざる者は時の中に在り、更に至榮なる事は、降孕も種なく、謙卑も言ひ難く、奥義も如何に測り難き。蓋天使は潔き者に降孕の事を報じて、恩寵を蒙れる者、慶べよ、大なる憐を有つ主は爾と偕にすと言ふに従ひて、神は謙りて、身を取り、造を受く。
今も、第二調。
ガウリイルは恩寵を蒙れる者に今日福音す、聘女ならぬ童貞女、婚姻を識らざる者よ、慶べ。我が奇異なる姿容を訝る勿れ、懼るる勿れ、我は「アルハンゲル」なり。昔は蛇エワを誘へり、今は我爾に喜を福音す。至浄なる者よ、爾は童貞をも損はず、主をも生まん。
若し齋の日ならば、光榮、今も、
ガウリイルは恩寵を蒙れる者に今日云々
司祭常例の祝文を誦す。
「リティヤ」の後堂に入りて挿句の讃頌を歌ふ、第四調。
第六月に「アルハンゲル」は潔き童貞女に遣されて、先祝慶を彼に述べて、彼より贖罪主の出でんことを福音せり。故に彼は問安を受けて、爾永久の神、我等の霊の救の為に言ひ難く人と為らんことを嘉せし者を孕めり。
句、我が神の救を日日に福音せよ。
生神女は曾て識らざりし言を聞けり、蓋「アルハンゲル」は彼に福音の宣示を述べたり、是に於て彼は正しく問安を受けて、爾永久の神を孕めり。故に我等も喜びて爾に呼ぶ、變易せずして彼より身を取りし神よ、世界に平安、我等の霊に大なる憐を賜へ。
句、新なる歌を主に歌へ、全地よ、主に歌へ。
視よ、今喚起は我等に顕れたり、言に超えて神は人人に體合し、「アルハンゲル」の聲に藉りて迷は遠ざかる。蓋童貞女は歓喜を受け、地の者は天と為り、世界は始の詛より釋かれたり。造物は喜ぶべし、聲を以て歌ふべし、我が造成者及び贖罪者たる主よ、光榮は爾に帰す。
光榮、今も、同調。(イエルサリムのアンドレイの作)。
今日は福音の歓喜、童貞の慶賀なり、下の者は上の者と合せられ、アダムは新にせられ、エワは始の悲哀より釋かる、我等の性の幕は之に入る者の神性に由りて神の殿と為れり。嗚呼奥密や、謙卑の状は悟り難く、仁慈の富は言ひ難し。天使は奇蹟に勤め、童貞女の腹は子を受け、聖神゜は遣され、父は上に嘉し、變易は共同の旨を以て行はる。此に縁りて我等は救を得て、ガウリイルと共に童貞女に呼ばん、恩寵を蒙れる者、慶べよ、救なるハリストス我等の神、我が性を受けて、己に升せし者は爾より出でたり。彼に我が霊の救はれんことを祈り給へ。
次ぎて「主宰よ、今爾の言に循ひ」。聖三祝文。「天に在す」の後、
餅の祝福に祭日の讃詞、第四調。
今日は我が救の初、永久の奥義の顕現なり、神の子は童貞女の子と為り、ガウリイルは恩寵を福音す。故に我等も彼と偕に生神女に呼ばん、恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす。三次。
詠隊、「願はくは主の名は崇め讃められて」三次。其他。
并に祭日の誦読。
早課
「主は神なり」に祭日の讃詞、三次。
「カフィズマ」の第一の誦文の後に三歌經の二坐誦讃詞、聯祷なし。本日の誦讀。
第二の誦文の後に聯祷、及び祭日の坐誦讃詞、第一調。
至浄なる者よ、無形の軍の大なる将帥はナザレトの城に爾の前に立ちて、祝福せられたるマリヤよ、慶べと云ひて、爾に世世の王及び主の測り難く言ひ難き奇蹟を報ず、此れ人人の復新なり。
光榮、今も、同上。并に祭日の誦読。
第三の誦文の後に坐誦讃詞、第三調。
尊貴潔浄にして讃美たるハリストス神の母よ、今日「アルハンゲル」が爾に慶べよと云ふに因りて、萬物は喜ぶ。今日蛇の驕傲は折かる、原祖の詛の縛が釋かるるに因る。故に我等は絶えず爾によぶ、恩寵を蒙れる者、慶べよ。
光榮、今も、同上。
多燭詞の後に坐誦讃詞、第四調。
ガウリイルは天より現れて、尊き者に慶べよと呼ぶ、蓋其腹に世世の前の神、言を以て四極を合成せし者を宿さん。故にマリアム答へて曰へり、我夫なし、如何ぞ子を生まん、誰か種なき産を見たる。天使は生神童貞女に諭して曰へり、聖神゜爾に臨み、至上者の能爾を蔭はん。
光榮、今も、同調。
ガウリイルは童貞女マリヤに遣されて、之に言ひ難き歓喜、種無く孕みて、童貞を損はざらんことを報ぜり、曰ふ、蓋爾は子として世世の前の神を生まん、彼は己の民を其諸罪より救はん。我を遣しし者は爾に、讃美たる者よ、慶べと呼ばしむ、爾は童貞女にして生み、生みし後に童貞女に止まらん。
讃歌
右、潔き者よ、我等天使首の聲を以て爾によぶ、恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす。
次ぎて同詠隊又歌ふ。
右、神よ、爾の裁判を王に賜ひ、
左、爾の義を王の子に賜へ。
右、裁判の時彼に義を以て爾の民を判き、
左、爾の貧しき者を判かしめよ。 願はくは彼は民の貧しき者を判き、乏しき者の子を救はん。 我が神の救を日日に福音せよ。 主は福音を宣ぶる者に多くの力ある言を賜はん。 主は眞實を以てダワィドに誓ひて、之に背かざらん、 曰く、我爾が腹の果を以て爾の寶座に坐せしめん。 彼は芟りたる草場に降る雨の如く、 土を潤す雨滴の如く降らん。 彼は天を傾けて降れり、其足下は闇冥なり。 蓋主はシオンを擇び、此を以て其住所とするを望めり。 至上者は其住所を聖にせり、 神は其中に在り、其れ撼かざらん。 彼は貧しき者と乏しき者とを憐み、乏しき者の霊を救はん。 萬民彼に奉事せん、 日々に彼を祝讃せん。 彼の名は祝讃せられて世々に至らん、 日の在る間は彼の名傳はらん。 地上の萬族は彼に縁りて福を獲ん。 主イズライリの神、獨奇迹を行ふ者は祝讃せらる。 彼の光榮の名も世々に祝讃せらる。 全地は彼の光榮に満てられん。「アミン」、「アミン」。
光榮、今も、「アリルイヤ」、三次。
次に品第詞、第四調の第一倡和詞。
提綱、第四調。
我が神の救を日日に福音せよ。句、新なる歌を主に歌へ、全地よ、主に歌へ。
「凡そ呼吸ある者」。福音經はルカ四端。
第五十聖詠の後に讃頌、第二調。
ガウリイルは恩寵を蒙れる者に今日福音す、聘女ならぬ童貞女、婚姻を識らざる者よ、慶べ。我が奇異なる姿容を訝る勿れ、懼るる勿れ、我は「アルハンゲル」なり。昔は蛇エワを誘へり、今は我爾に喜を福音す、至浄なる者よ、爾は童貞をも損はず、主をも生まん。
規程は祭日の、「イルモス」二次、讃詞十二句に。
共頌は祭日の、両詠隊共に之を歌ふ。
三歌頌の所には、祭日の規程「イルモス」と共に六句に三歌頌八句に。
共頌は三歌經の「イルモス」、両詠隊共に歌ふ。
祭日の規程、フェオファン師の作。第四調。
第一歌頌
イルモス、我が口を開きて、聖神゜に満てられ、言を女王母に奉り、楽しみ祝ひ、喜びて其奇迹を歌はん。
女宰よ、爾の先祖ダワィドは神゜霊の琴を弾じて、爾に歌ふべし、女よ、天使の喜ばしき聲を聴け、蓋彼は爾に言ひ難き歓喜を報ず。
天使曰く、純潔なる者よ、我喜びて爾によぶ、爾の耳を傾けて我に聴け、我爾に種なくして神を孕まんことを報ず、蓋爾は神の前に於て一の婦も未だ嘗て獲ざりし恩寵を獲たり。
生神女曰く、天使よ、願はくは我爾の言の能を悟らん、爾が言ひし事は如何にして應はん、猶審に告げよ、我童女たるに、如何にして孕まん、如何にして我が造成主の母と為るを得ん。
天使、我見るに、爾我が言を虚妄なりと意ふが如し、我爾の戒慎を見て喜ぶ。女宰よ、勇め、蓋神の欲する時は、異常の事も輙く行はる。
第三歌頌
イルモス、生神女、生活にして盡きざる泉よ、祝ひて爾を讃め歌ふ者の霊を固め、彼等に爾が神妙なる光榮の中に榮冠を冠らしめ給へ。
生神女、イウダの裔の君は已に絶え、萬民が仰ぎ慕ふハリストスの現るべき時は届れり。請ふ暁せ、我童女たるに如何にして彼を生まん。
天使、童貞女よ、爾我に依りて爾が懐妊に法を知らんと欲す、然れども此れ暁し難し、聖神゜は造成の能にて爾をおほひて、此を行はん。
生神女、我の原母は蛇の哄を受けて、神聖なる楽より遠ざけられたり。故に我も蹉躓を危ぶみて、爾の奇しき問安を懼る。
天使、我神の前に立つ者は爾に神の旨を報ぜん為に遣されたり。無てんの者よ、何ぞ我を懼るる、我更に爾を懼る、女宰よ、何ぞ我に驚きて危ぶむ、我敬みて爾の前に立つ。
坐誦讃詞、第八調。
神の言は今地に降り給へり。天使は童貞女の前に立ちて呼べり、讃美たる者よ、慶べ、爾獨童貞の印を守りて、世々の前より在す言及び主を胎内に受けん、彼が神として人類を迷より救はん為なり。
光榮、今も、同調。
天軍首ガウリイルは天より神より遣されて、疾く生ける城の前に立ちて、明に之に言へり、童貞女よ、爾は胎内に造成主を受けて、變易なく身を受けたる者として彼を生まん。故に潔き者よ、我爾に奇妙なる産を報ぜん為に遣されて、立ちて爾に呼ぶ、聘女ならぬ聘女よ、慶べ。
第四歌頌
イルモス、光榮の中に神性の寶座に坐するイイスス神は、軽き雲に乗るが如く、朽ちざる手に抱かれ来りて、ハリストスよ、光榮は爾の力に帰すと呼ぶ者を救ひ給へり。
生神女、我昔預言者が一の聖にせられし童女はエンマヌイルを生まんと預言せしを聴けり。惟我知らんと欲す、如何にして死すべき者の性は神性と體合するに堪へん。
天使、恩寵を蒙れる至りて讃美たる者よ、焔の中に在りて焚かれざりし棘は爾に於て行はるる奇妙なる秘密を象れり、蓋爾は、潔き者よ、産みて後にも永貞童女に止まらん。
生神女、ガウリイル、眞實の宣伝者、神全能者の光に照さるる者よ、我に最眞實なる事を告げよ、如何にして我は無形の言を肉體に生みて、我が貞潔の損はれざるを守らん。
天使、童女よ、我畏懼を以て爾の前に立つこと、僕が女主の前に立つが如し、謹み戦きて今爾を仰ぐ、蓋雨が羊の毛に降る如く、父の言は其旨に循ひて爾に降らん。
第五歌頌
イルモス、萬物は爾が神妙の光榮に驚かざるなし、爾婚配を識らざる童貞女は至上の神を孕み、永遠の子を生みて、凡そ爾を歌ふ者に平安を賜へばなり。
生神女、我爾が言の意義を悟り盡す能はず、蓋神聖なる力にて行はるる奇蹟、律法の休徴と預象とは屡ありき、然れども童貞女にして夫なく産みし者は未だ嘗てあらざりき。
天使、至りて無てんなる者よ、爾は訝る、爾の奇蹟は實に至妙なり、蓋爾獨肉體を取らんとする萬有の王を胎内に受けん、諸預言者の預言と預見、及び律法の預象は爾を形る。
生神女、萬有に容れられず、萬有に見られざる者は如何にして其親ら造りし童女の胎に入るを得ん、如何にして我は父及び聖神゜と偕に始なき神言を孕まん。
天使、爾の先祖ダワィドに爾が腹の果を以て其國の寶座に坐せしめんことを約せし者は、獨爾イアコフの榮を其霊智なる居所の為に選び給へり。
第六歌頌
イルモス、三日の葬を預象する預言者イオナは鯨の中に在りて祈りてよべり、イイスス萬軍の王よ、我を淪滅より救ひ給へ。
生神女、ガウリイルよ、我爾が言の喜ばしき聲を受けて、神聖なる楽に満てられたり、蓋爾は喜を知らせ、限なき楽を傳ふ。
天使、神の母よ、爾に神聖なる喜は賜はりたり。神の聘女よ、爾に萬物は慶べよとよぶ、蓋爾潔き者は獨神の子の母と預定せられたり。
生神女、願はくは今我に藉りてエワの定罪は消されん、願はくは今我に藉りて其債は償はれん、願はくは我に藉りて此の古の負債は餘りて還されん。
天使、潔き者よ、神は先祖アウラアムに其裔に藉りて萬民は祝福を獲んと約し給へり、爾に藉りて今此の約は行はる。
小讃詞、第八調。
生神女よ、我等爾の諸僕は禍より援けられしを以て、爾克く勝つ将帥に凱歌と感謝とを奉る。勝たれぬ権能を有つに因りて、我等を諸の苦難より救ひて爾に呼ばしめ給へ、聘女ならぬ聘女よ、慶べ。
同讃詞
首品の天使は天より生神女に慶べよと云はん為に遣されて、爾が、主よ、身を取るを見て、驚きて立ち、無形の聲を以て彼に斯く呼べり、喜の耀かんとする所以の者よ、慶べ、詛の滅せんとする所以の者よ、慶べ、陥りしアダムを喚び起す者よ、慶べ、エワの涙を拭ふ者よ、慶べ、人の意念の登り難き巍崇よ、慶べ、天使の目にも見難き深邃よ、慶べ、王の座たるに因りて慶べ、萬物を載する者を手に載するに因りて慶べ、日を顕す星よ、慶べ、神が身を取る所の腹よ、慶べ、造物の新にせらるる所以の者よ、慶べ、我等が造物主に伏拝する所以の者よ、慶べ、聘女ならぬ聘女よ、慶べ。
第七歌頌
イルモス、敬虔の者は造物主に易へて造物に事ふることをせざりき、火の嚇を勇ましく践みて、喜び歌へり、讃美たる主、先祖の神よ、爾は崇め讃めらる。
生神女、爾は形なき光が、大なる慈憐に藉りて、形ある肉體に體合せんことを傳へ、今我に喜ばしき信、神聖なる報を宣べてよぶ、純潔なる者よ、爾の腹の果は祝福せられたり。
天使、女宰童貞女よ、慶べ、純潔なる者よ、慶べ、神の居處よ、慶べ、光の燈臺、アダムの喚起、エワの救贖、聖なる山、光明なる聖所、常生の宮よ、慶べ。
生神女、至聖神゜の降臨は霊を浄め、體を聖にし、我を以て神を容るる殿、神聖に飾りたる幕、生ける聖所、生命の浄き母と為せり。
天使、我爾を覩て光多き燈、神の造りたる宮と為す。神の聘女よ、爾今金の櫃として、律法を賜ふ主、爾に藉りて朽つべき性を救はんことを嘉せし者を受けよ。
第八歌頌
イルモス、少女、浄き童貞女よ、聴け、ガウリイルは至上者の原始の眞の旨を傳へん、神を受けん為に己を備へよ、蓋爾に藉りて容れ難き者は死すべき者と偕に居り給へり、故に我喜びてよぶ、主の悉くの造物は主を崇め讃めよ。
生神女、童貞女答へて曰へり、地上の者の一切の智慧は爾が我に告ぐる所の奇蹟を量りて悟る能はず、我爾の言を聴けども、驚きて、爾が我を誘ひて、エワの如く神より離さんことを畏る。然れども視よ、我よぶ、主の悉くの造物は主を崇めて、世々に彼を讃め揚げよ。
天使、ガウリイル之に謂ふ、視よ、爾の疑は已に解かれたり、蓋爾は善く言へり、事は測り難しと、是より爾の口の言に順ひて、虚言と為す勿れ、實事と信ぜよ。蓋我喜びてよぶ、主の悉くの造物は主を崇めて、世々に彼を讃め揚げよ。
生神女、無てんの者は又言ふ、地上の者の為に神より互の愛に藉りて子を生む法は立てられたり、唯我全く婚姻の楽を識らず、如何にして爾は我産まんと言ふ、爾欺きて言ふにあらずやと恐る。然れども視よ、我よぶ、主の悉くの造物は主を崇めて、世々に彼を讃め揚げよ。
天使、天使又よびて曰へり、尊き者よ、爾が我に告ぐることは、死すべき人々の常の産なり、我が爾に傳ふることは、眞の神が言ひ難く測り難く、親ら知る如く、爾より身を取ることなり。故に我喜びてよぶ、主の悉くの造物は主を崇めて、世々に彼を讃め揚げよ。
生神女、童貞女對へて曰へり、爾は我に眞實を告ぐる者と現る、蓋爾は一般の歓喜の福音者として来れり。我が霊の體と共に潔まりしに因りて、願はくは爾の言の如く我に成らん、願はくは神は我に入り給はん。我爾と偕に彼によぶ、主の悉くの造物は主を崇めて、世々に彼を讃め揚げよ。
第九歌頌に「ヘルワィムより損く」を歌はずして、祭日の附唱を歌ふ。
地よ、大なる歓喜を福音せよ、諸天よ、神の光榮を讃め揚げよ。
次に「イルモス」、「聖にせられざる者の手は」。
左列詠隊同じく此の附唱及び「イルモス」を歌ふ。
祭日の諸讃詞の前にも此の附唱を用いる。
三歌頌の讃詞には、我等の神よ、光榮は爾に帰す、光榮は爾に帰す。を附唱す。
生神女讃詞には祭日の附唱を附す。
第九歌頌
イルモス、聖にせられざる者の手は敢て神の生ける約櫃に觸るべからず、唯信者の口は黙さずして天使の生神女に告げし言を歌ひ、喜びてよぶべし、恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす。
少女よ、爾は測り難く神を孕みて、天然の法に超えたり、蓋爾は性の常住なきを失はざれども、産に於て母に属する事を免れたり。故に宜しきに合ひて聆き給ふ、恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす。
浄き童貞女よ、人の舌は爾が如何にして乳を滴らすを釋く能はず、蓋爾は天然の外にして、産の法の境を超ゆる事を顕す。故に宜しきに合ひて聆き給ふ、恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす。
至上者の母よ、聖書には秘密に爾の事を言へるあり、斯くイアコフは昔爾を像れる梯を見て曰へり、此は神の道なりと。故に爾は宜しきに合ひて聆き給ふ、恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす。
棘と火とは聖なる預見者モイセイに奇妙なる預象を見せり、彼は後の時に其應はんことを察して曰へり、我潔き童貞女に於て之を見る、彼を生神女と承け認めて曰ふべし、恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす。
ダニイルは爾を神霊の山、イサイヤは神を生みし者と名づけ、ゲデヲンは羊の毛の預象に於て爾を見、ダワィドは爾を聖所、又或者は門と稱ふ。ガウリイルは爾によぶ、恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす。
次ぎて三歌經の「イルモス」、又祭日の附唱及び「イルモス」、雨詠隊共に歌ふ。
光耀歌
天使の軍の将帥は神全能者より潔き童貞女に遣されて、奇妙なる言ひ難き奇蹟を福音す、即神が全人類を新にせん為に彼より種なく赤子として人の如く生れん事なり。人々よ、世界の更新を福音せよ。二次。
光榮、今も、他の光耀歌。
今日神の永久の奥義は知らる、神言は慈憐に因りて童貞女マリヤの子と為り、ガウリイルは福音の喜を告ぐ。我等は彼と與に之によばん、主の母よ慶べ。
「凡そ呼吸ある者」に四句を立てて左の讃頌を歌ふ、第一調。
ガウリイルは天の穹蒼よりナザレトに飛び下り、童貞女マリヤに至りて、彼に呼べり、慶べよ、爾は子として、アダムより年の超えたる、世々の造成主、爾に潔き者よ、慶べよと呼ぶ者の贖罪主を孕まん。
無原なる父の同永在の言は、限なき慈憐に因りて、上の者を離れずして、今下の者に臨めり、我等の躓を愍み、アダムの貧しきを受けて、己に属せざる像を衣給へり。
ガウリイルは天より童貞女に福音を齎して呼べり、慶べよ、爾は萬有に容れられずして、爾に容れらるる者を孕みて、父より黎明の前に輝きし主を生む者と現れん。
生神童貞女よ、永在の言は、父の旨に依りて、身にて爾の内に入りて、古の詛に由りて陥りし我等の族を起せり。故に我等皆爾ハリストスの母に天使と偕に切によぶ、慶べよ。
光榮、今も、第二調。(フェオファンの作)。
今日永久の奥義は顕れ、神の子は人の子と為る、下なる者を受けて、我に上なる者を與へん為なり。昔アダムは誤れり、神と為らんと欲して得ざりき、神は人と為る、アダムを神と為さん為なり。造物は楽しみ、萬性は祝ふべし、蓋「アルハンゲル」は恭しく童貞女の前に立ちて、悲哀に易へて慶賀を述ぶ。仁慈に因りて人と為りし我等の神よ、光榮は爾に帰す。
若し「スボタ」或は主日ならば、大詠頌、聯祷、及び發放詞。
若し齋の日ならば、三歌經の本日の挿句の自調の讃頌、二次、及び致命者讃詞を歌ふ。
光榮、今も、祭日の讃頌、第八調。
天は楽しむべし、地は喜ぶべし、蓋父と同永在、同無原、同座なる者は、父の恵及び旨に因りて、寛容と仁愛とを以て、己を卑くして、預め聖神゜に潔められたる童貞女の腹に入り給へり。嗚呼奇蹟や、神は人々の中に、容れられぬ者は胎の中に、時に由らざる者は時の中に在り、更に至榮なる事は、降孕も種なく、謙卑も言ひ難く、奥義も如何に測り難き。蓋天使は潔き者に降孕の事を報じて、恩寵を蒙れる者、慶べよ、大なる憐を有つ主は爾と偕にすと言ふに従ひて、神は謙りて、身を取り、造を受く。
次ぎて「至上者よ、主を讃榮し」、一次。「天に在す」の後に祭日の讃詞、及び聯祷。終に三大拝。早課に發放詞なく、第一時課を「カフィズマ」と共に誦す。祭日の讃詞、及び小讃詞。終に三大拝、及び祝文「眞の光なるハリストス」、并に發放詞。
時課晩課及び聖體禮儀
第三時課及び第六時課を「カフィズマ」と共に誦す。大拝を為さず。讃詞及び小讃詞は祭日の。第六時課には序を逐ひて三歌經の喩言の讃詞を歌ひ、及び喩言を讀む。第九時課をも「カフィズマ」と共に併せ誦す。次ぎて眞福詞を歌はずして誦し、拝を為さず。「主よ、爾の國に来らん時」、「天軍」、光榮、「聖天使及び天使首」其他。「天に在す」の後に祭日の小讃詞。主憐めよ、四十次。光榮、今も、「ヘルワィムより尊く」。三大拝。祝文「至聖なる三者一性の権柄」、及び發放詞。次に晩課を歌誦す、「カフィズマ」なく、大拝なし。
「主よ、爾によぶ」に三歌經の本日の自調の讃頌、二次、致命者讃詞なし、及び三歌經の他の讃頌三、祭日の三、及び天使首の三。
祭日の讃頌、第四調。
第六月に「アルハンゲル」は潔き童貞女に遣されて、先祝慶を彼に述べて、彼より贖罪主の出でんことを福音せり。故に彼は問安を受けて、爾永久の神、我等の霊の救の為に言ひ難く人と為らんことを嘉せし者を孕めり。
生神女は曾て識らざりし言を聞けり、蓋「アルハンゲル」は彼に福音の宣示を述べたり、是に於て彼は正しく問安を受けて、爾永久の神を孕めり。故に我等も喜びて爾に呼ぶ、變易せずして彼より身を取りし神よ、世界に平安、我等の霊に大なる憐を賜へ。
視よ、今喚起は我等に顕れたり、言に超えて神は人々に體合し、「アルハンゲル」の聲に藉りて迷は遠ざかる。蓋童貞女は歓喜を受け、地の者は天と為り、世界は始の詛より釋かれたり。造物は喜ぶべし、聲を以て歌ふべし、我が造成者及び贖罪者たる主よ、光榮は爾に帰す。
天使首の讃頌、第一調。
大なるガウリイル、神に肖たる智慧は、救を施す至りて光明なる三日の光を覩、上天の諸品と偕に神聖荘厳なる歌を奉りて、我等の霊に平安及び大なる憐を賜はんことを祈る。
ガウリイルよ、先に天使等に知られず、世の無き前より隠さるる大なる秘密は獨爾に托せられ、爾はナザレトに至りて、之を獨潔き者に報じたり。彼と偕に我等の霊に平安及び大なる憐を賜はんことを祈り給へ。
第十一讃頌の附唱、其使者を以て風と為し、其役者を以て火焔と為す。
常に光に満てられ、全能者の望を成し、命を行ふ諸天使の首、至榮なるガウリイルよ、愛を以て爾を尊む者を助けて、常に我等の霊に平安及び大なる憐を賜はんことを求め給へ。
光榮、今も、第六調。
「アルハンゲル」ガウリイルは童貞女に受孕を福音せん為に天より遣されて、ナザレトに至り、奇蹟に驚きて自ら思へり、嗚呼如何にして至高に於て測り難き者は、童貞女より生るる、天を寶座と為し、地を足臺と為す者は童貞女の胎に入る、六翼の者と多目の者とが見る能はざる主は一言を以て彼より身を取ることを嘉する。此れ神の眞實の言なり。何ぞ我立ちて童貞女に言はざる、恩寵を蒙れる者、慶べよ、主は爾と偕にす、潔き童貞女よ、慶べ、聘女ならぬ聘女よ、慶べ、生命の母よ、慶べ、爾の腹の果は祝福せられたり。
讃頌を歌ふ時司祭奉獻禮儀を行ふ。
福音經捧持の聖入、「穏なる光」、本日の提綱、及び喩言、又祭日の喩言二篇、「モイセイ神の山」、及び「主は元始に」。次ぎて小聯祷、聖三祝文の高聲、「蓋我が神よ、爾は聖なり」及び聖三祝文を歌ふ。
提綱、第四調。
我が神の救を日々に福音せよ。句、新なる歌を主に歌へ、全地よ、主に歌へ。使徒の誦読はエウレイ書306端。「兄弟よ、聖にする者と聖にせらるる者とは皆一の者より出づ」。「アリルイヤ」、第一調、彼は芟りたる草場に降る雨の如く、土を潤す雨滴の如く降らん。句、彼の名は崇め讃められて世々に至らん、日の在る間は彼の名傳はらん。
福音經の誦読はルカ3端。「彼の日ザハリヤの妻エリサワェタ妊みて」。
次ぎて金口の聖體禮儀を行ふこと常例の如し。「常に福にして」に代へて、「イルモス」、「聖にせられざる者の手は」を歌ふ。領聖詞、主はシオンを択び、此を以て其住所とするを望めり。「アリルイヤ」。三次。
【注意】若し已むを得ざることありて聖體禮儀を行はずば、「主よ、爾によぶ」に三歌経の讃頌三章、祭日の四、及び天使首の三。光榮、今も、祭日の。聖入。本日の提綱及び喩言、又祭日の喩言二篇。次ぎて祭日の提綱、使徒及び福音經。畢りて後「主よ、我等を守り、罪なくして」。挿句には三歌経の本日の自調の讃頌、二次、及び致命者讃詞。光榮、今も、「今日は福音の歓喜」、「主宰よ、今爾の言に循ひ」の後に、讃詞は天使首の、光榮、今も、祭日の。聯祷。三大拝、及び發放詞。
【注意】晩堂課は其小課を前院に、遅滞なく、大拝なく、及び規程なくして行ふ。唯「至高には光榮神に帰し」に三拝、及び聖三祝文の後に三拝。「常に福にして」の後に三大拝、「主吾が生命の主宰よ」の祝文と共に、及び十二拝。又終の聖三祝文に三拝、並に發放詞。
福音祭の奉事を大齋及び受難週間の某日に於て如何に行ふべきは、マルコの章程を奉事例及び三歌齋經に看よ。
光明週間の某日には、奉事例及び三歌花経に看よ。