オルレツ(鷲氈)とヂェーヅル(権杖)
主教品は公奉事において、その職掌を表す為にいくつかの備品を身につける。これ等の中には必ずしも祭服と呼べないものも多くあるが、いずれも主教品が持つ権能を、人々に向けて明示する働きがある。その代表的なものといえるのが、鷲氈と権杖である。鷲氈は、主教品が立つ時に足元にしく円形の絨毯である。表面には教会を中心とした街の上空に、鷲が翼を広げて飛んでいる図柄が織られている。聖書の中で鷲は、神の権能と救い神秘さの象徴としてしばしば登場する(出19:4、聖102:4等)。鋭い視力で万事を見通す視力は神の目を思わせるが、主教も自分が司牧する教区とそこにいる信者に対して、鷲のように隅々まで目を行き届かせ、神より依託された権能を行使する者である事を表しているのである。一方権杖は主教品の司牧権を表す杖である。元々は、羊飼いが羊を牧する為に使用していた杖が原型とされる。主教叙聖が終わった後、新しく主教となった者はすぐに主教の祭服を着せられるが、権杖だけはすぐには授与されない。叙聖式のあった聖体礼儀終了後、改めて主教職の重みを説かれた後、最後に手渡されるのである。この権杖を渡されて、初めて新主教は人々を祝福する事が許される。この事は、主教の祝福が信徒の司牧と深い関わりにある事を示している。主教が行使する権能とはただの権力ではなく、祝福の担い手として、司牧者としての慮りの中に明らかにされるものなのである。このように、鷲氈も権杖も祭服でこそないが、主教品が担う重責と権能をよく表す物として尊重されている。尚、ロシヤ正教会では防寒の為、権杖にスゥオックと呼ばれる覆いを用いる。権杖は主教候補の掌院(アルヒマンドリト)も手にするが、主教品のものとは形が若干異なっている。主教品の権杖には、頂上に全信徒の道標である主の十字架がつけられている。